「リーダー」より「鬼軍曹」が必要だ
【金子達仁】2007年03月01日

 こんなにも胸に響かない3―0という試合も珍しい。そもそも相手を格下とナメきっていたのか、他ならぬ選手たち自身がゴールにも喜びを露(あらわ)にしないのだから、みているものが感情移入できるはずもない。もしわたしが反日教育にどっぷりつかった中国人だったとしたら「なんと日本人は傲慢(ごうまん)な民族なのか」と憎悪の念をたぎらせたことだろう。

 それにしても、日本の選手たちのなんと優しかったことか。彼らは素晴らしく自分に優しく、そして仲間にも優しかった。川口能活であれば、中田英寿であれば、そして闘莉王であれば血相を変えて激怒していたであろう信じられないようなイージーミスを、彼らは優しく見逃し、何事もなかったかのようにプレーを続けた。誰からも反省を強要されない選手たちは、懲りることなくミスを繰り返した。

 先週わたしは「リーダーが必要だ」と書いたが、今回の試合をみて少しばかり気持ちが変わった。いまの五輪代表に必要なのは、リーダーというよりは鬼軍曹である。自分に厳しく、他人にも徹底して厳しい。そんな選手が出てこない限り、北京行きを勝ち取る可能性は50%を切ってしまうのではないかという気がする。

 チームが苦しい時にフィールドを走り回り、汗の量で仲間を引っ張る--強いチームには必ずそんな役割の選手がいるものだが、この日の五輪代表にいたのは、中途半端なテクニックを鼻にかけたエゴイストばかりだった。最終予選はともかく、2次予選の突破は間違いあるまい、とタカをくくっていたわたしだが、初戦を終えてかえって不安が募ってきている。

 味方のミスを平然と見逃し、自分も同じミスを繰り返す選手たちは、根本的に「闘う」ということの意味をはき違えている。サッカーは戦争ではないが、戦争に臨むのと近い精神状態で闘うチームが強いのもまた事実である。命をかけた戦場で、ミスをヘラヘラと見過ごす軍隊が生き延びられるはずもない。もし生き延びられたとしたらそれは幸運の賜物(たまもの)だが、幸運が毎回続くはずもない。

 基本的に、わたしは五輪世代の勝敗というのはあまり気にしないようにしている。それにしても、このような試合をしている選手たちが、いずれA代表となり、日本を引っ張っていくことになるとしたら……と思うと、正直、背筋に冷たいものが走る。ガラガラだっこの日の国立競技場が、日常的な光景になってしまう気がするからだ。(スポーツライター)

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